落語家の桂枝雀は、自著の『落語DE枝雀』にて、笑いに関する自論を述べています。その著作の中では、落語作家の小佐田定雄と笑いに関する対談が繰り広げており、桂自身の語った作品の速記も収録されています。

・「緊張の緩和」
桂枝雀は笑いの根本的な原理を「緊張の緩和」という法則で説明しています。
彼によれば、笑いの起源は人間の生理的な状態の変化にあり、古代の狩猟において獲物と戦う息を詰めた緊張状態から、獲物を倒して息を吐き出す緩和状態へと移行した際の快感が笑いの源流です。
・笑いを生む「緊張」の要素
枝雀は経験上、人間がおもしろいと感じるものとして以下の要素を挙げており、これらはすべて聞き手に「緊張」をもたらすものだと位置づけています。
客に緊張をもたらす要素 として、知的には「変」、情的には「他人のちょっとした困り」、生理的には「緊張の緩和」、社会的とか道徳的には「他人の忌み嫌うこと」ないし「エロがかったこと(下ネタ)」。この四つが挙げられています。(より根本的には「緊張の緩和」に軍配が上がる)
これらの緊張状態から普通の状況に戻ることで緩和が起こり、笑いが生じます。SFやブラックユーモアのように不気味な緊張が残る作品でも、話が終わることで現実と切り離されるため、必ず緩和は起こっていると解釈されます。
笑いの大きさは緊張と緩和の落差とスピードに依存し、瞬時に緩和される時に快感となり、また落語のサゲは客に快感を与えるために存在し、途中で話を打ち切る演出も客の予想を裏切って緊張を解く手段としても機能します。
・「サゲの四分類」
落語の結末であるサゲは、客がどのように受け止めて快感を得るかという視点から4つに分類されます。
第一の「ドンデン」は、サゲの直前に客を安心させた直後、隠されていた事実を反転させて「そんなアホな」と思わせる型で、事前の安心と反転の落差で快感を生みます。
第二の「謎解き」は、客に不思議な状況を提示し、その解答がサゲになることで「なーるほど」と納得させる型です。
第三の「へん」は、本当にあるような話からいきなり常識の枠を踏み越える異常な事態が起き、話全体が嘘になる型で、客が自ら突っ込みを入れる特徴があります。
第四の「合わせ」は、登場人物のセリフや状況を人為的に一致させることでサゲにする型です。
これらは図式化され、Y軸で「そんなアホな」と「なーるほど」、X軸で緊張と緩和が時間的に区別されるものと同時に起こるものに位置づけられます。
・リアリティと共感を生む「薄い情」
落語における「情」は、「自分を後にして他人を先にする心」と定義されます。これは自己犠牲のような過度なものではなく、自分に余裕がある範囲で他人を思いやる程度を指します。
演者が感傷的になったり無理に泣かせようとしたりする過剰な情の表現は、客を冷めさせるため避けるべきであり、淡々とした乾いた口調の裏に表れる「薄い情」こそが客の共感を呼ぶと評価されます。
落語における情は単なる感情表現ではなく、話の非日常的な笑いや緩和を際立たせるために機能します。笑いをより際立たせるための強固な手段として、話にもっともらしさやリアリティを与え、客の共感を呼び起こすために情が必要であるのです。